こんにちは!メディカム編集部 経営企画チームです。
メディアドゥは行政・金融機関・メディアといった地域の主要機関と協働して、地域社会の課題や可能性に向き合い、価値を最大化する「SC(Sustainability Creation)事業」に取り組んでいます。起業家支援を行う「徳島イノベーションベース(TIB)」、全国に広がるIB(イノベーションベース)の横断組織「xIB JAPAN」、プロバスケットボールチーム「徳島ガンバロウズ」の運営など、その領域は多岐にわたります。
今回話を聞いたのは、SC事業を統括する執行役員の原 真由さん。「日本中を元気にする仕事がしたい」とメディアドゥに飛び込んだものの、最初は「これまでの経験が全く通用しない」という壁にもぶつかったそうです。
バラバラに見えていた点と点が、いかにして線としてつながり、原さんが執行役員として推進するメディアドゥの「SC事業」という面になっていったのか。その変遷と、原さんを突き動かす原動力に迫ります。
執行役員 社長室長
原 真由(はら・まゆ)
事業会社でのブランドマーケティングなどを経て、2020年メディアドゥ入社。24年より社長室 室長、25年より執行役員(社長室(コーポレートアイデンティティ戦略)担当)。徳島県を中心とした地域活性化に資する活動とコミュニケーション全般を推進。地域社会の価値への理解、ブランド戦略と当社の企業文化への見識を生かし、メディアドゥのコーポレートアイデンティティ構築と地域を軸とした事業統括などを担う。
「日本中を元気にする」仕事を求めて
──原さんはメディアドゥに入社される前、マーケティングの領域で長くキャリアを積んでこられたそうですね。
原 はい。大学卒業後はメーカーでのマーケティングやブランディングを中心に、様々な会社でキャリアを積みました。
どんな商品やサービスであっても「なぜ、これが生まれたのか」「価値をどう伝えて最大化するか」という表現の方程式のような、考え方の土台を、そこで身につけられたと思います。
──そこから地方創生の領域へキャリアチェンジされたきっかけは何だったのでしょうか。
原 30代半ばになった頃、ふと立ち止まったんです。40代、50代になってもやり続けたい、自分が本当にやりたかったことは何だったのかと。
父親が転勤族で、幼い頃から車で日本各地を巡ったり、キャンプをしたりしていた原体験がありました。日本の地方には、美しく豊かなものが溢れていることを肌感覚で知っていて、生まれ育った日本という国がずっと好きでした。外国語大学で学んだのですが、それも”言語”を、日本をより良くするような仕事につながる、一つのツールとして生かしたいという思いがあったからです。そうした思いを振り返り、この先の人生を考えたときに、やはり「日本中を元気にする仕事がしたい」と思ったんです。
そこから、地方創生や地域活性化の分野へのキャリアチェンジを考え始めました。ただ、当時はまだそうした求人自体が少なく、なかなかイメージに合う仕事には出会えませんでした。
メディアドゥとの出会いは「社長室の特命担当」
──メディアドゥとはどのように出会ったのですか。
原 転職活動を続ける中で「めったにない募集だけど、原さんに合うと思う」とエージェントに紹介いただいたのが、メディアドゥの社長室の求人でした。
当時は「社長室の特命担当」という扱いで、社長の藤田が本格的に取り組み始めていた徳島での地方創生活動を加速・拡大していくために、地域との関わりを広げ推進していく専任担当者がほしいという話だったんです。
当時メディアドゥとしてこのポジションを採用するのは初めてとのことでした。メディアドゥは東京に本社を置く上場企業でありながら、藤田自身が当事者として地域の活動にフルコミットしている。その本気度に惹かれました。
──かなりのジョブチェンジですよね。
原 そうですね。正直なところ、この仕事がどれだけ大変で、どれだけメディアドゥや地域にとって意味があることなのか、入社前には正しくは理解できていなかったと思います。ただ、藤田の出身地である徳島県旧木頭村(現・那賀町木頭地区)の話を聞く中で、「自分やメディアドゥを育ててくれた、木頭をはじめとした“地域”への感謝」というを原点に強く共鳴しました。
地域に関わる重みを知った1年
──入社後はどのような仕事から始められたのですか。
原 藤田が取り組んでいた木頭の活動の推進からでした。自分のマーケティング経験で「このような形で進められるのではないか」と考えていた部分が、まったく通用しないことを思い知りました。
藤田が長い時間をかけて地域と築いてきた関係の深さや広さ、哲学と思想、事業における設計、細部への配慮など、全体感を、私は一つ一つつなぎ合わせて理解できていなかったんです。表面的な理解で踏み込もうとしても、それは到底受け入れられない。本質的に藤田と向き合い、地域の人たちと向き合う仕事ができるようになるまでは、1年半ほどかかりました。
──苦しい時期があったんですね。
原 はい。ただ、その時期があったからこそ、社員としてメディアドゥの原点である木頭、徳島に関わることの重みを体感しながら知ることができました。
入社して最初の月に、SNSマーケティングやPRで足元の認知を広げ、3〜5年でプロジェクトのフェーズを上げるという企画提案をした時に、藤田から「そもそも5年や10年の話じゃないんだよな」と言われたことが印象に残っています。まちや人、地域、社会というのは5年や10年程度で変わるものではなく、藤田はもっと長い時間軸、50年、100年の尺度で物事を設計しているんだと。それは最も大きな気づきでした。
だからこそ、「メディアドゥや藤田のことを理解し、地域のことも理解して、同じように地域や社会を大切にできる人、そのうえで一緒に未来を描ける人でありたい」と思い、まずは目の前の仕事に誠実に向き合い続けることを自分に課しました。自分が本当にやりたいと願った地方創生にフルコミットするために、周りに何を言われようとも、理解されなくとも、今必要なことをやる。そのスタンスだけは崩しませんでした。
TIBが広げた、地域との信頼関係
──そこからどのようにして現在の役割へと広がっていったのですか。
原 2021年からは、徳島イノベーションベース(TIB)の担当を任されることになりました。
IB(イノベーションベース)は、地域の課題が集まる行政・メディア・金融、そしてアカデミアの大学と協働して起業家の成長を地域一体で支援し、その力を地域のために活用するプラットフォームです。TIBは、その第1号として徳島新聞社・四国放送・阿波銀行・徳島大正銀行とメディアドゥが一緒に立ち上げたので、私も担当者として地域の主要機関の皆様と協働する機会が一気に増えました。
皆様にも地域を支える大切な本業がある中、時には厳しいご指摘をいただくこともありましたが、メディアドゥの論理や正義だけを振りかざすことは絶対にせず、一つひとつ関係性を築いていきました。
その時から続く信頼関係、そして藤田とともに“有言実行”にコミットしてきた経緯があるからこそ、今、新しいプロジェクトを始める時にも「協力するよ」「なんとか調整してみるから」と前向きに応えていただける。地域への影響力を持つステークホルダーの皆様の力をお借りしなければ、地域が変わっていく機運をつくることはできません。メディアドゥとしてTIBで築いた関係値が、SC事業全体の土壌になっています。
現在、TIBから生まれたこの起業家支援組織「IB(イノベーションベース)」の取り組みは徳島から全国に広がり、2026年2月までに「xIB JAPAN」として19府県もの地域にイノベーションベースが設立されています。2026年度中には25府県にまで拡大する見込みです。
「なぜメディアドゥがやるのか」に答えが出たとき
──TIB、ガンバロウズと、外から見ると領域がかなり幅広いですよね。電子書籍流通のイメージがあると、「なぜメディアドゥがこれをやるのか」という疑問を持つ方もいるのではないでしょうか。
原 よく聞かれますね。SC事業としての位置づけで発信し始める前までは、社内から「なんでメディアドゥに直接関係がないことをやるの?」と言われたこともありました。でも私は、これはメディアドゥがメディアドゥであるために欠かせない取り組みで、「絶対に意味がある」と信じていました。
たとえば、こうした取り組み自体や、藤田が地元で栽培する「木頭柚子」をお取引先の皆様に毎年秋、手紙と一緒にお送りしてきたことが、メディアドゥの顔である藤田の人間性を端的に表現する媒体となり、出版業界での信頼と長期的な取引につながっている側面があります。それだけでなく、TIBで行政や金融機関、メディアなどの皆様と地域の起業家を支援する取り組みを進める中でも、徳島ガンバロウズの運営を通じてより多くの地域の方々との関係性が深まる中でも、協働する方々との間で信頼が育まれるうちに、その関係を基盤にして新しいプロジェクトがいくつも立ち上がってきました。さらには、それらがきっかけとなってメディアドゥに様々な新たなご縁をいただくことが沢山あります。
個別に見るとバラバラの出来事でも、地域社会との信頼を軸にしたネットワークが広がると、東京で事業活動をしているだけではできないことに気づき、気づけば全てが有機的に繋がっていくんです。ここ1〜2年で急激にその接続が見えるようになりました。
2025年4月の新中期経営計画では、SC事業が戦略投資事業として正式に位置づけられました。CSRではなく「事業として成長させる」という会社の意思が明確になった形です。
──入社から5年経って、一気にそれぞれの事業が繋がってきたと。
原 はい。特にSC事業という冠がついてからは非常に早かったですね。私たちがしていることの本質は変わりませんが、扱われ方が一変して、もう誰も「メディアドゥに関係がない」と言うことはありません。入ってくる情報も、知り合う方々の範囲の広さも大きく変わりました。
たとえば昨年9月、概念実証として「SCカンファレンス 第ゼロ回」をメディアドゥ本社のセミナーホールで開催した際には、省庁の方々から「省庁の課題と民間の接続の場が欲しいと思っていた」とビビッドな反応をいただき、文部科学省や経済産業省、農林水産省の方々がお越しくださいました。このカンファレンスを起点に、今はまだ形になっていないものも含めて、様々な国の制度や他の事業者様のご紹介をいただけるようになりました。メディアドゥを起点に「地域を元気に、そして日本中を元気に」という一点をもって、国や自治体を巻き込んでいける可能性を実感しています。今後はSCカンファレンスの規模を大幅に拡大し、数千人規模のプラットフォームに育てていく構想もあります。
メディアドゥの取り組みと、日本全体、国の課題感の方向性とが合致した瞬間に、すべてが動き始めたような感覚です。
仲間が輝ける組織へ
──社長室でSC事業を担うチームは現在15名ほどと伺いました。組織づくりで意識していることはありますか。
原 大きく2つあります。1つは、私が肌感覚でやってきたことをルールブック化・可視化すること。SC事業の取り組みは壮大で、前もって教えられる正解は一つもありません。組織を拡充していく中で、最初から100点を求めてしまえば誰も動けなくなりますし、私も常に手探りです。そんなけもの道であっても、誰でも基本を押さえられる仕組みを作らなければいけません。それが喫緊の課題です。
もう1つは、地域の方々へのリスペクトです。こちらの担当者が増えても、お取引先様の窓口は一人ということが多い。「地域を、日本を良くしたい」という想いは互いに共通しているからこそ、連携のスピードを落としてはいけないので、相手の負担や状況、大義を理解し、情報も共有し合い、一方向のコミュニケーションにならないように徹底しています。
一緒に働く社長室のメンバーがどれだけ増えても、まずは一人ひとりが藤田・メディアドゥ・地域社会のことを理解して適切に意思疎通を図れるようにし、“社長”と“社長室”の役割分担を明確にすることは欠かせません。目まぐるしく状況が変化するSC事業において、藤田と完全連携でプロジェクトを遂行する体制を常に整え、一人ひとりが輝ける組織にしていくことが今の私の役割だと考えています。
「手触り感のあるインパクト」が醍醐味
──SC事業に取り組む醍醐味を一言で表すとしたら。
原 「手触り感のあるインパクト」ですね。各プロジェクトに汗をかいても「成功だった」と思えるほどのリアクションを感じるようになるまでには、かなりの時差があります。それだけ一つ一つのプロジェクトに重みがあり、関わる人が多いからだと思います。だからこそ、その分やる前とやった後の差分が大きく、喜びも大きいです。
SC事業は、分かりやすい正解が無い中でも「人としての正しさ」を真剣に考え抜いてプロジェクトを設計・実行し、その設計や背景に込める「美しさ」を皆様に感じていただけることを徹底的に追求しています。当初は懐疑的だった方々も含め、皆さんが最後には「やってよかった」「乗り越えてよかった」と喜んでくださる瞬間があります。そのたびに私たちも「メディアドゥの一員として、皆さんとともにやり遂げられてよかった」と大きな喜びを感じられる。それがこの仕事ならではの醍醐味です。
SCという冠は、これからさらに拡大していく可能性を秘めています。地域のために、日本社会のために改革が必要な領域、たとえば教育、観光、福祉など、あらゆる領域に貢献することができる大きな傘です。そのため、多種多様な専門領域の方と関わり、学び、進化し続ける機会は無限大です。B.LEAGUEの方と話した翌日に農家さんと話すような、多様な属性の方と関われる環境は、他にはなかなかないと思います。
──原さんご自身は東京出身ですよね。SC事業にここまでの熱量を注げるのはなぜですか。
原 それもよく聞かれますね(笑)。もともとは東京で生まれ、現在実家は千葉ですが、故郷への愛着は薄いタイプでした。仕事を通じて徳島や全国の各地域に携わる皆様と接する中で、彼らが自分たちの地域のために、熱く本気になっていく姿を幾度となく目の当たりにしてきました。
そのような“挑戦する大人たち”が身近にいる環境は、東京ではなかなか見つけることができません。この熱を私の子どもたちにも肌で感じ、実際に会話してほしいと思い、徳島には何度も子どもたちを連れて行っています。
関わった方々がともに立ち上がり、自ら熱を帯びて前例のない改革を成し遂げ、共に喜び合ってくださいます。そんなSC事業の取り組みを仕掛けているのは私たちメディアドゥですから、その熱量に対して責任を持たなければなりません。そこから皆様への「愛着」と「覚悟」が、自然と生まれていったと感じています。
けもの道を楽しめる人と、一緒に走りたい
──最後に、これからSC事業に関わる方に向けてメッセージをお願いします。
原 地域社会や日本の未来に関心や当事者意識があることは前提ですが、それ以上に大事なのは、決まった道ではなく、けもの道を楽しめるかどうかだと思います。
チームで何かを成し遂げたい人、物事の構造に興味があって「なぜこうなっているのか」を考えられる人、「鳥の目」(俯瞰視点)と「魚の目」(現場視点)を切り替え、大きなプロジェクトであってもディテールを大事にしながら丁寧に進めることを楽しめる人は、きっと向いています。「正しさ、美しさ」は、理想像だけでは追求できず、リアリティがないと実現できません。リアリティは、泥臭いことの積み重ねです。その先に見える景色、物事の価値観が大きく変わる瞬間や、人の心が動き無理だと思っていたことを突破する瞬間が、SC事業に力を与えてくれています。そういった長い目で、正しさと美しさを追求することにやりがいを感じてくれる方であれば、世代を問わず力を発揮できる環境だと思います。
「課題解決」ではなく「今はまだ、ないもの」を作り出し突き詰める事業です。その最中には困難な場面もありますが、大成功した時の景色を想像しながらビジョンを描いて走れる人、そのために、いま目の前にいる相手を大切にできる人と、一緒に働きたいですね。事業の成長スピードが早い分、想像もしない世界をひらくような経験ができるはずです。
おわりに
当初は社内からも「なぜメディアドゥの本業に直接関係のないことをやるのか?」と言われることもあったという地方創生の取り組み。原さんは「絶対に意味がある」という確信を持って続けてきました。目の前の仕事に誠実に向き合い続けた結果、今では「SC事業」という形が生まれ、国や自治体を巻き込む規模へと成長しています。「正しく、美しいこと」を追求しながら、地域社会との信頼を軸に新しい価値を生み出していく。メディアドゥはこれからも、その歩みを続けていきます。